長谷川裕一 様

株式会社はせがわ 相談役

長谷川裕一

1940年10月 福岡県直方市に創業者 長谷川才蔵の長男として生まれる 1963年3月 龍谷大学文学部仏教学科を卒業 1963年4月 長谷川仏壇店入店 1966年12月 (株)長谷川仏具店(現(株)はせがわ)設立 専務取締役 1982年4月 (株)はせがわ代表取締役社長就任 2008年4月 (株)はせがわ代表取締役会長就任 2014年6月 (株)はせがわ相談役就任 現在に至る 座右の銘 「心は身体の真似をする」「苦難は妙薬なり」「ハンディを背負って立つ」 著書 「仏壇の本」(株)プレジデント社、「日本流」 (株)ダイヤモンド社、「商人道」 (株)はせがわ 主な役職 ・株式会社ワールドホールディングス 独立社外取締役 ・国立大学法人九州大学総長アドバイザリー会議委員 ・C&C研究会 会長 ・公益財団法人 小堀遠州顕彰会 常任理事 ・遠州流茶道連盟 理事長 ・九州交響楽団音楽監督 小泉和裕後援会 会長 ・オペラ歌手中丸三千繪 後援会 会長 ・田子ノ浦部屋後援会 会長 ・現代における宗教の役割研究会 理事 ・公益社団法人 日本ニュービジネス協議会連合会 ・一般社団法人 九州ニュービジネス協議会 前会長 ・一般社団法人 博多21の会 創立者 ・九州経済フォーラム 創立者 ・元 公益社団法人 日本青年会議所 副会頭 ・元 国土審議会 特別委員 第2代会長 ほか

皆さんありがとうございます。
他人事のような感じです。
笹川社長の紹介にもありましたが、私にはもったいないと思います。
東京に出店してそのころから、ずっとご指導いただきまして、なにも分からない私を、東京でも歩けるように育てていただいて、ありがとうございます。

先ほどお話があったと思いますが、経済界という雑誌がありまして、その時に笹川さんと私が同時に賞を頂いたのが、ご縁でございました。
それ以来、私を陰ながら日向に導いてくれましたこと、改めてこの席で感謝申し上げます。
ありがとうございます。

そのおかげで、関東の方々にも、東京の長谷川だと思ってくださるまでに、皆さんのご支援を頂けるようになりました。
手のシワとシワを合わせて「幸せ」。
お仏壇を販売する商品ではありませんが、これを東京で皆さんに、東京出店が目的でした。

なぜかというと、青年会議所で活躍しているものですから、東京の会に出ました時に、お手伝いで来られていた20歳くらいのお嬢さんが、とても素敵な方でした。
手と手を合わせてごらんと言ったら、「恥ずかしい」と合わせてくれなかったんです。
びっくりいたしました。

九州の出身ですから、手を合わせるのが当たり前だと思っていました。
それを子どもの頃から、手を合わせる習慣がなかったんですね。
お父様が地方から来られたんですけど、東京で結婚なさって、そうするとお子さんに恵まれ、お家にお仏壇が無いですから、手を合わせることが全くないんですね。

なので、手を合わせることが恥ずかしかったんですね。
それでは皆、不幸せになってしまうかもしれない。
手を合わせることができなくなると、感謝の気持ちを表すことができない。
なので、手を合わせることのできる、そういう国を取り戻さなければならない。

その後に脳科学者の方に伺ったら、手を合わせますと脳が、寝ている時はバラバラで夢を見ることもあり、バラバラの時にエネルギーをたくさん使うそうです。
手を合わせると、バラバラが1つになる。
そもそも不要なエネルギーを使わないので、とても心が安らぐわけですね。

だから、手を合わせると心が1つになって、心が安らかになる。
それで幸せを感じるという事が分かりました。
手を合わせることで幸せになりましょう。

私は商品のCMを一切やらずに、私の社長時代は、「手のシワとシワを合わせて『幸せ』」と言えば、「お仏壇の長谷川」と歌ってくださるほどになりました。
そして、たくさんのファンが増えてまいりまして、株式の交換ができるようになりました。

本当に自分の力ではありません。
手を合わせることを伝えてくれるお陰でございます。
今日もそのお陰でございます。
1人でも多くの方々が、お仏壇に手を合わせて、ご先祖様のお陰と、敬いと感謝を持って、そうするとさせていただきます。そうすると疲れません。病気になりません。


どうか皆さんお元気で、素晴らしい御世の時を育てて参りましょう。
本当に今日は素晴らしいプラチナエイジ、 本当にありがとうございました。

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