
医師・作家
鎌田實 様
東京医科歯科大学医学部卒業後、諏訪中央病院へ赴任。30代で院長となり、潰れかけた病院を再生させた。「地域包括ケア」の先駆けを作り、長野県を長寿で医療費の安い地域へと導いた。 (現在、諏訪中央病院名誉院長、地域包括ケア研究所所長)
一方、チェルノブイリ原発事故後の1991年より、ベラルーシの放射能汚染地帯へ100 回を超える医師団を派遣し、約14億円の医薬品を支援(JCF)。2004年からはイラクの4つの小児病院へ4億円を超える医療支援を実施、難民キャンプでの診察を続けている(JIM-NET)。
東北はもとより全国各地 の被災地に足を運び、多方面で精力的に活動中。
ベストセラー「がんばらない」他、著書多数。
茅野市というところ、蓼科とか、白樺湖とか、車山がある土地なんですけど、そこへ46年前に内科医として赴任しまして、脳卒中多発地域だったんですけど、健康づくり運動というのをやりまして、1年間に約80回ぐらい公民館を周って、生活習慣を変えるという活動をしてきました。長野県は平均寿命日本一になりました。ずっと一貫して健康のことに、こだわってきたんですけども。
30年前に、チェルノブイリ原子力発電所事故の放射能の汚染地域に、子どもたちがほとんど、きちんとした治療がされていないということを知って、自分でNPOを立ち上げて、100回以上の医師団を派遣して、汚染地域の子どもたちの健康を守る活動をし始めました。
15年前からは、イラク難民キャンプの子どもたちや、イラク戦争後にイラクの医療が崩壊して、白血病の治療がまともにできなくなった子どもを救うために、やはりもう1つNPOを作りまして、15年間、2つ合わせて毎年2億5000万円ぐらいの活動費を集めて支援をしてきました。その間、日本各地域で被災地があると、すぐに飛んでいって、長期間の支援活動をしてきました。
最近はコロナの問題で、約4500万円のお金を集めて、介護崩壊が日本の土俵際を守るには、とても大事なのではないかと考えました。欧米で死亡者の50%以上は、介護施設で亡くなられています。日本では何とか食い止めないといけない。病院ではそれでも感染対策は、かなりのことをやられていますけど、介護施設ではなかなか十分な感染対策が行われていないということで、医師や看護師を派遣して感染対策を行いながら、物人心ということで、僕やさだまさしが一緒になって、1日おきぐらいです。2人もほとんど皆勤でzoom出演をして、介護施設の人たちに、温かな言葉をかけて、もう1頑張りしよう、というような活動をしております。
大変なことが起きてしまったんですけども、日本に無かった寄付文化みたいなのが少しずつ広がりだして、もちろん嫌になるような話、バッシングみたいなものが起きていることも事実ですけども、徐々に徐々に困っている人を助けようという機運は、日本の中にも広がりだしているかなと思ってます。
今回この栄えある賞をいただくことで、今72歳なんですけども、80歳までしっかりとスクワットをしたり、スクワットをしたり、かかと落としという本も出しているんですけども、自分自身でやりながら、80歳になってもイラクの難民キャンプの子供たちの診察に行けるようにしていきたい。
ジャズが好きなんですけど、85歳になっても、ジャズのライブハウス地下の細い階段を一人で歩いて、降りていけるようにしておきたい。スキーが好きなんですけど、90歳になっても、スキーで、一人で3000キロのダウンヒルを、ノンストップで滑れるようにしていきたい。
この賞をいただいたことで、ますます励みにして、頑張っていきたいと思います。今日はどうもありがとうございました。
