
立木写真舘1883 代表
立木さとみ 様
NHKの朝ドラ「なっちゃんの写真館」で有名な「立木(たつき)写真舘」に生まれ、大学卒業後は「広告批評」編集者として活躍。
その後、徳島市のご実家に戻り、徳島青年会議所で四国初の女性理事長を務めるなど、国・地方自治体・企業・団体など多くの委員を歴任し、「葉っぱで稼ぐ高齢者」で名高い徳島県上勝町の活動を支援して写真集を出版するなど多面的に活躍、新聞・雑誌への連載執筆をしたり、有名人を招いて討論会を企画・主催して司会をしたり、男女共同参画・地域づくりなどに関する講演をしたりするなどの活躍をしてこられました。東日本大震災以降は被災地支援の活動もなさっております。
現在は個人事務所「立木写真舘1883」を創立し、その代表として講演や執筆活動をなさっておられます。
特筆すべきは、日露戦争ロシア兵俘虜(ふりょ)の写真の縁からロシアや日本全国にいる関係者との交流活動と調査・研究・講演活動です。その活動の中で、戦時下の日露友好をはじめとするさまざまな歴史的新事実を発見し、その成果を人々に伝える講演を全国各地でなさっておられます。その講演回数は昨年末までに、ロシアでの10回の講演を含めて105回にのぼります。
皆さんこんにちは。四国の徳島から、5か月振りに上京いたしましたところ、羽田空港はガラガラ、モノレールもガラガラ、ホテルの窓から見ている首都高に、1分に数台しか車が通らないという、初めて見る東京でございました。こんな状況の中にもかかわらず、こんなに素敵な授賞式を開催してくださいました、協会関係者の皆さんに、本当に心から御礼を申し上げます。
そして今ご紹介いただきましたが、今日は私のご先祖様からいただいたご縁で、ここに立たせていただいておりますので、私の祖母、おばあちゃんのスーツを着てきました。多分40年ぐらい前のものだと思うんですけれども、プラチナエイジの皆さんはご存知かと思いますが、1980年にNHKの朝ドラで、なっちゃんの写真館というドラマがございまして、そのモデルに取り上げていただいたのが祖母勝子でございました。そんなこともここで、お披露目できてとても嬉しいです。
そしてご先祖からのご縁と申しましたが、私の曾祖父、ひいおじいちゃん、立木写真館2代目真一が、日露戦争の時に、日本の収容所で撮影していた、ロシア兵の捕虜の方たちの集合写真が、ロシアで見つかったことをきっかけに、その写真の持ち主のアリョーナさんという、ロシア兵のひ孫の方と私のご縁ができました。そしてその方が徳島まで来られたんですね。111年の時を超えて、7000キロの距離を越えて、人と人、国と国を結び直した、写真の力はすごいですよね、ということで講演を始めたんですけれども、私は最初ロシアのことも日露戦争の事も知識がほぼ0だったんです。
でもその中で講演を聞いた色々な人に、色々なことに教えていただいて、資料をいただいて、日露戦争のあの戦争の最中、敵味方同士ですごい心の交流、温かい民間外交があったことを知ったんです。これはもうたくさんの方に、お届けしたいということで、講演を重ねてまいりまして、108回まで続けることが今できています。そんな中、その内10回はロシアでお話をさせていただきました。
そして去年の9月に、サンクトペテルブルクに行った時は、それもまたミラクルが起こりまして、皆さん、日露開戦、日本海海戦ご存知でしょうか? バルチック艦隊をコテンパンに、日本がやっつけてしまった、日本が大勝した戦争なんですけれども、そこで20数隻戦艦を沈めてしまって、たった3隻沈まなかったうちの1隻、オーロラ号というのが、今サンクトペテルブルグ博物館となって係留されているんです。その船の上で、レプリカとかではないですよ、百数十年前に日本に戦いに来てた、そのまさにその船の上で、その対馬海戦で亡くなった方の子孫の会で、お話をさせていただいたんです。
普通に考えたら、お爺ちゃん、ひいおじいちゃんを殺した、憎き敵国の人間がいて話をしてるわけですよ。でも捕虜の方たちを収容所で、手厚くもてなしましたっていうお話を、色々写真を使ってお話しすると、涙を浮かべて聞いてくださるんです。ロシアというと、日本ではドーピングのこととか、スパイのことなど、あまりいいイメージではないので、私はロシアのことが好きでもなかったし、行くとも思ってもなかったけど、行くと本当に人は温かくて歓待してくださる。そして日本でロシア人の兵士のお墓を守っているように、ロシアでも日本兵の墓を守ってくださってるんです。
そんな私たち日本人があまり知らなかった、ロシアの温かい部分というのを、私は今度日本の方にもお伝えしたいと、思って講演を続けていこうと思っています。そして今までのプラチナエイジの方たちの中で、どこの所属もしていない、たった一人で講演をしている私の活動は、多分一番小さな活動だと思います。でも108回の講演を重ねて、今まで5000名の方に、お話をお届けすることができました。
そして今ですね、本当に大きな国が自国ファーストと言って、香港であんなふうな形で自治権が剥奪されて、いつどこで戦争や紛争が起こっても、おかしくないようなピリピリした状況の中で私たち生きてますけれども、そんな中でも、どこかの国に自分の友達がいるという、細い細い民間外交の糸を、絶対に切ってはいけない。政治にはできない、政治家にはできない、私たち一人一人だからできる何かそういう、民間外交の力があるのではないかなと思って、今からもお話を届けていこうと思っていますところに、このような形で私の小さな活動に光を当てていただきまして、これからの励みになったかと思います。
本当にこれを支えに、またたくさんの方にこのお話を届けていきたいと思っております。本日はどうもありがとうございました。
