中野善壽 様

東方文化支援財団 代表理事
ACAO SPA&RESORT 代表取締役CEO

中野善壽

1944年生まれ。
伊勢丹を経て、婦人服専門店鈴屋へ転社、代表取締役専務就任。香港で仕事をし、1970年代、パリやニューヨークでも仕事をし、旅行が好きで世界100カ国以上を旅したことがある。退社後、1991年 台湾に渡り、中国力覇集団百貨店部門代表就任、2002年 遠東集団董事長特別顧問及び亜東百貨COO就任。

2011年 寺田倉庫代表取締役社長兼CEOとなり、拠点である天王洲アイルをアートの力で独特の雰囲気、文化を感じる街に変身させ、2019年退社。

2015年より中華民国(台湾)文化部国際政策諮問委員(顧問)就任し現任。

2018年 モンブラン国際文化賞を受賞後、東方文化支援財団設立、代表理事現任。地域や国境を超えた信頼感の醸成をはかり東方文化を極めたいというビジョンを持ち活動。
2021年8月 ACAO SPA & RESORT 代表取締役CEOに就任し現任。

皆さんこんにちは、中野サンプラザ、中野でございます。
よろしくお願いします。

私はこの賞をいただくにあたって、サポートしてくれているスタッフのおかげでここまでやってこれたものです。熊谷さんと高田さん、日本ではこの二人が支えてくれて、勝手なことをできています。

本当に感謝しています。
特別な感想もありません。結果、こんな感じになりましたという感じです。

僕は27歳の時に伊勢丹の香港店に行きまして、その時に遊びに行ったミンダナオ島で驚きまして。そこからミンダナオの子供たちを大学に行かせるという、一対一の支援活動を始めました。
その後、ミャンマーのカチン州という所で、小学校の子どもたちに弁当を贈ることを36年やってきました。
その後、22年ほど前に、タイのチェンマイの街のそばで、エイズにかかった女性たちから生まれた子供たちの支援を続けてまいりました。

よって、貧乏です。格好いいこと言ってますけども、時計も持ってません、車も持っていません、家も持っていません、貯金も600万円からそれ以上持ったことがない。このジャケットも32年前、台湾に住所を移した時から、30年ほど前に台湾政府からこういうのを着ないといけないような妙な褒められ方をしまして。その時買ったものをそのまま、前に着たのはいつか来る前に聞いたら「5年前だ」というふうに言ってましたので。良かった、5年前のものを着られて、とこのように思ってるのが今日の感想でございます。

基本的には気にしないし、勝手なことをして生きております。
心がけていることは、なるべく文化の違う人達とお茶を飲みたいというふうに思っています。

僕は食事もですね、三國さんいらっしゃって恐縮なのですが、5時以降は食べたくないのでレストランはあまりお邪魔したことはありません。朝は日の出とともに起きて、7時まではボーっとしているので、そこが一番頭がしっかりしてますけど、大体6時以降になると馬鹿になってしまいますので。なるべく人に会わないようにして、11時半には寝るということを心がけております。

基本的に食べたくないものは食べない、飲みたくないものは飲まないということで、結果的に酒も飲まない、タバコも吸わない生活をしております。
時間がもったいないのでゴルフもやらない、30分以上時間がかかることはしたくないというのが基本理念でございます。

気が付いたらこんな年だと、先日いただく時に初めて「俺はそんな年ではないだろ、いらない」って言ったら、うちの熊谷は「何を言ってるんですか、自己認知が足りない」といつものことながらと怒られまして。「電車の切符も買えないくせに何言ってんだ」って言われましたもんですから、そうかと改めて思いました。

ここまで無事元気にやって来れたのは皆様のおかげでありますし、神々様の力によってここまで元気にやって来れたんだというふうに思います。

いつお迎えが来ても年ではなく神様が決めることなので、常に覚悟を決めて何も持たない、守るものがない生活をこれからも続けようと思っております。

今日はありがとうございました。

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