「前人未到の90歳代でのアイアンマン世界選手権優勝を目指す!」

ギネス認定・アイアンマン世界最高齢完走記録保持者
稲田弘さん(89歳)

2016年アイアンマン世界選手権では83歳322日、2018年のアイアンマン世界選手権では85歳328日の最高齢完走を成し遂げ、ギネス世界記録に認定された稲田弘さん。2022年は、アイアンマン世界選手権に「90歳代」として史上初の出場を目指しています。
しかし、実は2018年の出場時も、85歳代というカテゴリーはそもそもなく、稲田さんが出場するために新たにカテゴリーが新設されたのです。まさに世界記録を塗り替えただけでなく、世界的競技の常識をも塗り換えた偉業でした。

今回は、第7回プラチナエイジ夢フェスティバル<プラチナ大賞>受賞のインタビューを行い、お話を伺いました。

中学生、高校生、ともに陸上の短距離で補欠だったそうですね。
稲田さん:そうなんです。そもそも走るのが速いほうではなかったんです。ただ運動は大好きで、とにかく身体を動かすことをしたかったから、走り幅跳びや走り高跳びもやっていました。

大学では山岳部に所属されたそうですが、だいぶ方向性が変わりましたね。
稲田さん:高校の担任の先生が山好きでして、北アルプスに連れて行ってもらったときに「これは楽しいな」と思いまして。年間を通していろいろ登りました。社会人になってからも転勤が多かったんですが近くの山にはよく登っていました。

そうなんですね。
稲田さん:大学時代は他にもいろんなスポーツをやりましたよ。柔道、空手、ボクシングもやりましたね。ただ、ボクシングは最初の試合であっという間にノックアウトされたので辞めて、空手も板割りで怪我をして辞めて、なんでもやりたいことはやったんです。

あとは野球とサッカーもやりましたし、スキーやスケート、とにかくやっていないスポーツはないんじゃないかというくらいやりました。でも、どれもあまり上手くないんですよね。だから優れた才能はなかったと思います。好奇心が強くて何でもやってみるんだけど、一流の選手にはなれなかったということです。

では、社会人になってからはどんなお仕事をされたのでしょうか。
稲田さん:NHKの放送記者だったんです。僕が入ったころはテレビではなくラジオでした。事件があれば現場に行って取材して、それを記事にして報道するようなことをしていましたね。

どうして放送記者になられたのですか?
稲田さん:特に放送に興味があったわけではなく、あちこち受けたらたまたま受かったというか(笑)。実は大学時代に男性コーラスの活動もしていまして、アナウンサーのようなことも面白いかなと思ったんです。それで入社してからも適正試験を受けたんですが、それはダメだったので、放送記者になりました。2期生くらいだったかな。

その後はずっと放送記者をされたんですか?
稲田さん:はい、定年までずっと。

そして60歳で水泳を始めて、64歳でアクアスロンに挑戦、76歳でアイアンマンに挑戦されています。アイアンマンでも乗ることになるバイク(自転車)については、「当時、会場に来ていたトライアスロンにも参加している選手が乗っている姿をみてかっこいいと思ったから」と伺いました。そんなにかっこよかったんですか?

稲田さん:これも好奇心なんです。僕もそのときはスイムとランのアクアスロンには出ていたんですが、近場に住んでいるトライアスロンの選手は、アクアスロンに出るときも自分のバイクで来るんですよね。それが本当にかっこよくて(笑)。それで自分も買ってしまって、実際乗ってみたらものすごく気持ちよくて楽しかったんです。

バイクで走るのは初めてですものね。
稲田さん:はい。それで、たまたま70歳のときに近くで開催されたトライアスロンの大会があったので出場しました。これも完走を目指すというより、面白そうだからやってみたんですが、そうしたら完走しちゃって。そこからですね。

そして76歳でアイアンマンにデビュー、78歳では世界選手権に出場されます。この世界選手権はハワイで行われる大会ですね。
稲田さん:はい。ハワイ島で開催されています。世界選手権は予選にあたるトライアスロンの大会が世界中であって、それをクリアした者がアイアンマン世界選手権に出場できます。僕はアマチュアですので、韓国で開催されたトライアスロン大会に年代別のカテゴリーで出場しました。

そのときに優勝してアイアンマン出場の権利を取りまして、その年に世界選手権に出ました。78歳のときです。そして翌年、79歳で再びアイアンマン世界選手権に出まして、完走、優勝することができました。

淡々と仰っていますが、本当にすごいことだと思います。
稲田さん:アイアンマンは年齢を数え年で数えるので、79歳で出場したときは80歳以上のカテゴリーになるんですね。そこで初めて優勝を経験して、本当に最高の経験でした。しかも体力的には絶好調で、制限時間17時間のところを15時間38分くらいの余裕でゴールしちゃったんです。

表彰のときはものすごい盛り上がりでしたよ。屋外で本当にたくさんの人が会場にいるんですが、その全員がスタンディングオベーションで拍手をしてくれたんです。これにはすごく感動しましたね。この優勝自体も日本人初だったし、生まれて初めてこんなにもすごい拍手をもらって、感動のあまり足が震えました。

それは強烈なモチベーションになりますね。
稲田さん:そうなんです。それからは練習の意気込みも違うし、来年もやってやろうという気になります。

その後も9年連続で世界選手権に出場、まだまだ青春の真っ只中だということですね。
稲田さん:いつまでできるか分かりませんが、今年(2022年)も世界選手権が開催されてそれに出場するなら、今度は90歳区分になるんですよ。でも、90歳以上の区分ってないんです。そもそも出場する人がいなくて、そんな区分はなかったんですね。

実は85歳で出場したときも、その時点で85歳以上という区分はなかったんです。僕が出場するからということで新しく区分ができて、しかもそのときまた優勝してしまったものですから、ギネス記録にもなりました。

世界選手権に出場するどころか、いままで誰も成し得なかった「新しい区分」を作って、しかも優勝してギネス記録樹立とは、大偉業だと思います。
稲田さん:とにかく前人未到というか、誰もいない分野ですから、そういうことになりますね。もし今年きちんと開催されて、予選から勝ち上がって出場できて、90歳代で完走できたらまた大きな記録になると思います。これまで誰もやったことがないことを、やり遂げることができるかなというモチベーションで、いまも練習中です。

これから楽しみですね。
稲田さん:いやいや、大変ですよ。年々体力が落ちてきていますからね。80歳になったばかりみたいな若いときだったら絶好調でやれたんですけれども、いまはかなりガタが来てるし、衰えも実感しています。

80歳は「若いとき」なんですね(笑)
稲田さん:そうですよ。まあ怪我もありましたし、練習していても以前は楽にできていたことがそうではなくなってきています。でも、いまのところは身体も動いているし、むしろ成長しているんじゃないかと思える部分もあるんです。そういうときは嬉しいし、モチベーションになるし、これは行けるぞと思いながらやっています。

それでは、稲田さんから60歳以上になられたプラチナエイジの皆さんに、メッセージをお願いできますでしょうか。
稲田さん:60歳というといまの僕より30歳年下なわけですが、僕も60歳から水泳を始めたんです。それまでは運動能力が優れていたわけでもなく、ダメ男とでもいうか、そんな状態だったんですが、やってみたら意外とやれるもんだなと思ったんです。

やればできるというのは僕も実証できていると思うし、年を取ったから余生を楽しもうというのではなくて、やりたいことはあると思うから、それをやったらいいと思います。あるいはやりたいことを見つけて、やってみる。やったらできるんですよ、やらない人が多いだけで。

そして常に夢を持って、それに向かって挑戦していくのは本当に楽しいんです。

いつでも夢を持って、挑戦するということですね。
稲田さん:実は僕が60歳から水泳を始めたきっかけは、難病で寝たきりが多かった妻をサポートしなければというのが理由だったんです。僕が運動して健康でないとダメだというところから始めたんですが、やりだしたら結果的にこうなった。

いろんな動機やきっかけはあると思うけれども、何かやりだしたらできるし、できないかもと思ったとしても、そこでもう少しがんばってみるとできるようになるんですよ。それが楽しく面白くなってくるんです。

僕みたいに運動能力がなかった人間でも、やっていたら世界一になっちゃうこともあるんですから、ぜひ60歳を迎えた皆さんにも何かやってみてほしいですね。

補欠からの始まりですものね。
稲田さん:そうです。もちろん、絶対的にできないことはありますけれども、そもそも人間の身体はやりつづければできるように作られていると思うんです。やりつづけていくと、いままで到達することができなかった世界にたどり着くんですよ。それはもう最高の喜びですね。生きていてよかった!というか。

僕もいまバイクに乗っていても、あまりに気持ちよくて思わず声を上げたくなるときがあるんです。こうやってできていることが楽しくて嬉しくて、景色がいいところを走っていると「俺はいま生きてるぞ!」って力の限りに叫んだりするんですよね。それくらい、最高の喜びがあります。

こんなにも素敵なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
稲田さん:こちらこそ、ありがとうございました。とにかくやればできるんだということですね。皆さんに感じ取っていただけたらと思います。

【編集後記】
スイムは3.8km、バイクは180km、そしてランは42.195km、合計で225.995kmもの距離を、誰の手も借りずに自らの身体だけで完走する。それがアイアンマンレースです。225kmというと、東京から日本列島を横断して新潟県糸魚川市までの直線距離、あるいは東京から富士山を経て浜松までの距離と同じ。それを85歳で完走して、こんどは90歳で完走しようというのだから、驚きです。
そしてインタビュー中もこちらの質問にテキパキとお答えいただき、とても今年90歳を迎える方とは思えないやり取りで、非常に楽しくお話を伺いました。特に、プラチナエイジへのメッセージはエネルギッシュで、バイクに乗っていて「俺は生きてるぞ!」と思わず叫んでしまうというところでは、こちらまで身体が震えるような感覚でした。
「やればできる」ということを世界に向けて証明している稲田さんを、プラチナエイジ振興協会はこれからも応援していきます。
(インタビュー・文/安 憲二郎

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