【岩田敏彰さん】デジタル技術で生活に楽と豊かさを与え、少子高齢化や貧困問題の解決の糸口にしたい

国の研究機関で宇宙開発に携わった経験を活かし、社会問題の解決に取り組む

旧ソビエト連邦の宇宙飛行士ガガーリンが人類で初めて宇宙に到達した時代。岩田さんは連日テレビで放送される宇宙の話題に釘付けになっていました。「宇宙に関わる仕事がしたい」という夢を胸に抱いた岩田さんは、国の研究機関である旧電子技術総合研究所(現在の産総研)に入り、見事、宇宙開発に関する仕事に就きました。しかし、待ち受けていた未来は想像とは違っていて、大きな挫折も経験することになります。しかしながら、子供の頃に抱いた宇宙への夢は、形を変え、いまもなお岩田さんの心の中に生き続けています。

今回は、第8回プラチナエイジ夢フェスティバル<プラチナ賞>受賞のインタビューを行い、お話をお伺いしました。

岩田さんは定年前まで産総研(国立研究開発法人産業技術総合研究所:独立行政法人として設置された経済産業省所管の公的研究機関)で宇宙技術に関するお仕事をされていたそうですが、どういう経緯だったのですか?
岩田さん:私は1959年生まれなんですが、1961年に当時のソビエト連邦のガガーリンが初めて宇宙に行ったんですよね。それからは犬を宇宙に送ったり宇宙開発がどんどん進んで、小学5年生のときにはアポロ11号が初めて月面に行ったんです。だから、私の少年時代の10年間で人類はポンポンポンと宇宙に行っちゃったわけですよ。
なので、その延長線で考えて、自分が40歳くらいになる頃にはもう土星くらいまで人類は行ってるんじゃないかと思ったりもしました。

その頃はテレビでも宇宙に関するものがたくさんやっていましてね、宇宙を冒険するとか宇宙人が出てくるとか、中でもスタートレック、昔は「宇宙大作戦」っていう名前だったんですがそれが大好きでしてね。ミスター・スポックとか出てくるやつですね、そういうアメリカのSFとかをよく観ていました。ですから、もう自然と「自分も大人になったら宇宙に関する仕事がしたいな」と思ったんです。

子どもの頃にテレビで観た宇宙に、夢を抱いたんですね。
岩田さん:そうなんです。中学、高校、大学に入るまではそう思って勉強していたんですが、現実はなかなか厳しくてですね、親父が言うんですよ。「宇宙関係の仕事なんて、何アホなこと言うとるんや」とね。父は普通の会社員だったんですが、私には「もうちょっと潰しの効くところ選べよ」って言うんです。

本気で宇宙を目指している人だったら物理学とか航空宇宙工学とかに行くんですけど、私は親父にも言われたし、基礎工学部の電気工学科を進路に選んだんです。でも最後に就職する段になったときに、やっぱり宇宙関係をやりたいと思って、いろいろ調べたんですよね。
そうしたら電子技術総合研究所という、いまの産総研の前身なんですけれども、そこでイオンエンジンというロケットに使われるエンジンの研究をしていることを知ったんです。

実は私、大学時代に国家公務員試験を受けて合格していまして、国の研究所にも入れる状態ではあったんですよ。それで「国の研究所だったら親父も文句言わへんやろ」と考えまして、電子技術総合研究所でイオンエンジンの研究をやろうということで入ったんです。

潰しが効くどころか、安定という意味ではこれ以上ないところですね。
岩田さん:ええ。でも、いざ入ってみたらイオンエンジンの研究テーマがなくなっていたんですよ。代わりに宇宙ロボットの研究テーマをやることになりました。宇宙ロボットというのは、宇宙空間とか宇宙ステーションの中、あとは月面などで活動するロボットのことでして、本当にやりたいことではなかったんですが、まあ宇宙関係の仕事ができるからいいやと思ってやったんです。

そこからはどうなっていかれたんですか?
岩田さん:そこからは15年くらい宇宙ロボットの研究を続けまして、その間に2001年からなんですが組織も産総研になりました。その頃、私のキャリアにも転機があって、経産省に1年間出向することになったんですよ。そこでは国のプロジェクトを勉強させてもらったりしたんですが、産総研に戻ってきたら、一緒に研究していた先輩が「これからは宇宙ロボットじゃない」といって退職していたりして、また方向が変わるんです。

ちょうどその頃、「準天頂衛星(じゅんてんちょうえいせい)」のプロジェクトが立ち上がろうとしていて、言ってみれば日本版のGPSを作ろうという話なんですが、そのプロジェクトに入ることになりました。これは2003年から本格的に始まって、2012年3月までやりました。

GPSといえば私たちの日常だとカーナビとか、いまはスマートフォンにもその機能は入っていますよね。
岩田さん:そうですね。これからも車の自動運転などでどんどん拡がっていくと思いますし、位置情報の精度などはもっともっと重要になってくると思います。実はGPSっていうのはアメリカが運用しているシステムで、それを世界中が利用させてもらっている形なんですよ。ですから、当時は「まずは日本国内だけでも独自の準天頂衛星を作って、位置の精度を高めていこう」ということで進んでいったんです。

GPSはアメリカの人工衛星なんですね。それは知りませんでした。
岩田さん:皆さんだいたいご存知ないですよ。でも、このプロジェクトで最終的には4つの日本製の人工衛星を打ち上げまして、「みちびき」というんですが、2018年から運用されているんです。ただ、実はこの4機の衛星について、私が長年取り組んできた研究技術が使われなかったという挫折があったんですよ。

挫折があったんですか? それはどんなことだったのですか?
岩田さん:10年間ものあいだ、人もお金も歳月もかけて、そして研究成果としても悪くないものを出したんですが、私の研究結果が採用されなかったんです。

かいつまんで言うと、そもそもGPSっていうのは人工衛星が出している電波を自分が持っている受信機、例えばカーナビとかスマホとかで受信して位置情報を把握しています。それで、位置情報は、人工衛星が出す電波を受信機が受信するまでの時間がどれくらいかかったかで割り出しているんですよ。だから、誤差のない正確な時間を計るのが肝になるんですね。もし、誤差が1億分の1秒ずれると、地上では3mの誤差になっちゃうんです。

1億分の1秒のずれが3mもの誤差になるんですか。
岩田さん:そうなんです。ですから実用化を考えると誤差は30cm、つまり時間を計る精度を10億分の1秒以内にしようということで研究を進めていきました。

さすが宇宙関係の技術というか、日常生活では扱わない単位が出てきますね。
岩田さん:そうですね。それで、そんなに細かい時間を計るために、通常は非常に高額な「原子時計」というアメリカ製の特別な時計を使っています。私たちは、その高額な原子時計を使わずに、もっと安価で、よりシンプルな仕組みで、国産技術でやれる方法をずっと研究したわけです。そして実際に10億分の1秒の精度で合わせることに成功したんですよ。

成功したんですね。
岩田さん:はい、技術的には成功したんです。でも、いざ実際に使おうという段になったら、メンテナンスとかバックアップとか、周辺を整えるお金がないよという話になって、ポシャってしまったんです。

技術的には成功したのに採用されなかったのは予算が理由だったと。
岩田さん:まあ、そもそもこういった研究というものは、100個の研究をやって1個当たればいいんだよと言われているんですけれども、実際に当たらなかった99のほうに入ってしまったわけですよ。そうしたら、10年という歳月もそうだし、お金もみんなの努力も何も活かされなかったということに、私としてもすごく虚しくなってしまいましてね。何もする気がなくなるくらいのガックリ感がありました。

その後はどうされたんですか?
岩田さん:しばらくは引きずっていたんですが、次に与えられたテーマが宇宙から地球を見るという地球観測の仕事だったんです。中でも、特にやってほしいと言われたのが「利用者に対してデモンストレーションをしたりして、技術について教えてあげてほしい」ということでした。

実は私も挫折を経験したときに、そもそも科学技術というのは人々の暮らしを便利にしたり楽しくしたりするものであって、自分も研究よりは教え伝えるほうがいいかもしれないと思っていたんです。

そこで、自分が思っていたことがやれるということになりまして、じゃあまずはフェイスブックでいろいろ発信しようということで、様々なことを発信、紹介するという仕事が始まりました。

ここへ来てようやく自分のやりたいことと仕事が一致したんですね。
岩田さん:まあそういうことになりますね。その後は情報人間工学の関連でAIに関することも発信したりして、そのまま60歳の年度末、2020年3月に定年を迎えました。産総研からは再雇用の話もいただいたんですけれども、私自身も産総研では挫折もあったし、科学技術をもっと世の中に広げていきたい気持ちが強かったので、独立することを選びました。

幸いにして、結果的には挫折から退職までの8年間は、自分がやりたい方向に関することを事前に経験させてもらえた形になったので、産総研には本当に感謝しています。

現在はどんな活動をされているんですか?
岩田さん:いまは2本柱でやっています。1つは若い方向けの科学技術に関する教育ということで、保育園や小学校、自治体が開くイベントで身近な科学技術の紹介をするとか、つくば工科高校でキャリアパスの指導、神奈川工科大学の機械工学科にある航空宇宙学コースで教えるとか、あとは広島の子ども宇宙アカデミーで講師をしたりしています。

もう1つは中小企業にDX、デジタルトランスフォーメーションといって、業務にデジタル技術を取り入れて効率化や生産性アップを目指すお手伝いをしています。

どちらもいままで取り組んできたことが活かされる活動ですね。それではまとめの質問に移っていきますが、いまの60歳以上のプラチナエイジへのメッセージをお願いできますか?
岩田さん:そうですね、生活を面白くすることに興味を持って欲しいと思いますね。私と同世代の人たちでも、科学技術を知ることで趣味の世界も楽しくなってくるし、生活を楽にすることもできるんです。

たとえば「グーグルレンズ」は面白いですよ。散歩の途中できれいな花を見つけたとき、グーグルレンズのカメラを向けると、それだけで名前とかどんな植物なのかを検索してくれるんです。スマホのカメラを向けるだけなので本当に簡単だし、いろいろ分かって面白いんですよ。最初の取っ付きにくさはあるかもしれないけど、新しいことを知る楽しみは持っていてほしいですね。

確かにグーグルレンズは簡単ですよね。では、最後にこれからの夢を教えていただけますか?
岩田さん:最近の日本を見ていると、少子高齢化とか貧困とか、給料が上がらないとか、何かと暗い感じがして辛いですよね。とくに若い人たちを見ているとかわいそうになってきます。真綿で首をしめられるというか、良くも悪くも厳しくなってきています。

でも、そういうことに対しても、デジタル技術を使うことで楽になったり豊かになったりできると思うので、中小企業に対しても個人に対しても一生懸命お伝えしていきたいと思います。

まだまだこれからですが、科学技術を身近なものとして発信していくことで、少子高齢化や貧困問題の解決の糸口になれればと思っています。

自宅冷凍庫の温度を計測するために自作した温度センサとマイクロコンピュータ

【編集後記】
これまで協会がお会いしてきたプラチナエイジの方々の中で、科学技術の活用、それも宇宙開発に携わってきたご経験を活かして活動されている方は初めてでした。いったいどんなお話をお伺いできるのか楽しみにしておりましたが、聞いてみれば期待以上のお話をいただくことができました。
科学技術というと難しく考えてしまいがちですが、岩田さんは自身のフェイスブックを通じて「自宅冷凍庫の温度を計る(隣の写真)」「自室の室温・気圧・湿度を計測する」など、身近なものを題材に楽しい情報発信をされています。専門知識を小学生にも分かりやすく説明する岩田さんは、第二の人生を精力的にエンジョイされておりました。
「ほんまにありがとうございます〜!」関西弁で明るく楽しく科学技術をおしえてくれる「おっちゃん」である岩田さんを、プラチナエイジ振興協会はこれからも応援してまいります。

(インタビュー・文/安 憲二郎

本記事に関する連絡先:プラチナエイジ振興協会事務局
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