「6度目の金メダルを獲って、100歳まで現役続行!」

現役最高齢の女子ベンチプレス選手
奥村正子さん

奥村正子さんは、1930年7月7日生まれ。2020年で90歳を迎えた、世界マスターズベンチプレス選手権で5回の優勝を誇る現役最高齢の女子ベンチプレス選手です。
ベンチプレスとは上半身を鍛えるウェイトトレーニングの種目で、ベンチに横たわり、その姿勢から両腕でバーベルを持ち上げる競技。奥村さんは、72歳から夫とともにジム通いを始めてベンチプレスに出合い、2013年にチェコで開催された世界大会での優勝を機に、イギリス、アメリカ、南アフリカの各大会で優勝、そして2019年の日本大会で5回目の優勝を果たしました。
いま、多くのメディアから注目を集める奥村さんに、プラチナエイジ夢フェスティバル「プラチナ賞」受賞のインタビューを行いました。

本日はありがとうございます。早起きと伺っていましたが、今朝は何時に起きられたんですか?
奥村さん:今日は5時ですね。長い間の習慣で、目覚まし時計なしでいつも必ず朝の4時〜5時に目が覚めるんです。眠くなるのもだいたい8時くらいで、夜はお手洗いに起きることもありません。9〜10時間寝ると体調がいちばんいいし、いつもそれくらい寝ています。

朝は決まったルーティーンがあるそうですが。
奥村さん:毎朝、ベッドから出たらまず体重計に乗るんですよ。いまの体重計は体脂肪とか筋肉量とかも計れますが、私が見ているのは体重だけです。47キロ級でいられるようにいつもチェックしていて、今朝は46.3kgだったので、ちょっと昨日食べた量が少なかったみたいですね。朝からいつもそんなことを考えてます。ベストは46.8〜48.9kgですね。

100グラム単位で体重を管理しているんですか?
奥村さん:そうなんです。試合のとき体重計に乗って、ちょっとでも針が47kgを超えて振れてしまったら失格ですから。そのためには、365日をだいたい同じ体重にしておくことが大事だと考えています。だから、間食もしませんし、ちょっとたくあんを食べたりとかお茶を飲んだりとかもしません。ただ、お水だけは毎日2リットル飲みますよ。トレーニングはぜんぶ自分で体調を見ながら考えてやっていますね。

その元気さの秘訣というか、健康で気を遣っていることを教えていただけますか?
奥村さん:食事の話の続きで言うと、毎朝ご飯とお肉を食べていて、ご飯の量は80〜90g、お肉は常陸牛を130gくらいを食べます。あと、生野菜は食べません。戦争の時代で育っていますから、生で野菜を食べる習慣がなかったんですね。だから、いまでも必ず野菜は炒めて食べるか温野菜にして食べるかです。体を冷やさないということです。
あとは外食はしません。これは2つ理由があって、まず1つは私が食べられない分の食べ物が捨てられてしまうのが嫌だというのと、もう1つは味が濃いのが嫌だから。塩分が濃いものは摂らないようにしているんです。

なるほど。では、昔はどんな子供だったんですか?
奥村さん:生まれたときから祖父母と両親に育てられて、言われたことをちゃんと守っていましたね。祖父の教えはいまでも守っていますよ。例えば「人」という漢字について、祖父から「左側の長いほうがお前だよ、右側の短いほうはお前を守ってくれるすべての人なんだ」「お前はみんなに守られているんだから、人という漢字を忘れちゃいけないよ」と言われました。本当にそうだなと思いますし、いまも大切にしています。
それに、「石の上にも3年だぞ」と言われましたが、いまのベンチプレスもその言葉どおりですね。72歳から始めましたから、来年2022年でもう20年になります。

ベンチプレスを20年も続けるなんてすごいですね。
奥村さん:皆さんそうおっしゃるんですけれども、私は好きなことをやっているだけですから。最初は主人が交通事故に遭って、そのリハビリでジム通いを始めたのが最初です。そこでベンチプレスがあって、試しに始めてみたらどんどんできるようになったんですよ。それがすごく面白くてね。2017年に主人が亡くなってからも、亡くなる1週間前に「90歳までがんばれ」って言われたもんですから、それを守ってやってるんです。いまはもう90歳になりましたが、こんどはまわりから「奥村さん、人生100年時代だよ」って言われたので、いまは100歳までがんばろうと思っていますね。

続けてこられたのは、ご主人との約束もあったんですね。でも、中には好きなことがなかなかできない方や、やれないという方もいると思うんですが。
奥村さん:それは、やれないんじゃなくて、やらないんですよ。例えば私は戦時中の生まれですから、英語なんて一度も勉強したことはありません。英語を学んだら「国賊だ」と言われる時代でしたからね。でも、36歳のときにご縁があって、座間にあった米軍基地で働いたことがあるんです。
そのとき、最初はお誘いくださった方に「私は英語ができないから無理」と言っていたんですが「何を言っているんだ、できないんじゃなくてやらないだけだろう」と一喝されたんですよ。「興味がないからやらないだけだろう、一生懸命やってみて、それでもできなかったときに初めて『できない』っていうんだ」って言われたんです。

確かにそのとおりですね。
奥村さん:だから私もそうだなと思いましたし、それに負けず嫌いでしたから「よーし、じゃあやってやろう」って言って一生懸命に英語を勉強して、いまは日常会話くらいは苦もなく話せるようになりました。だから、いまは世界大会で外国に行って、現地の人たちと英語で会話をするのが何よりも楽しみなんです。人間は何だってやればできるんですよ。

できるできないは、やってみてから考えてもいいんですよね。
奥村さん:そうですよ。それにね、命は神様仏様からのいただきものなんです。もしかしたら蛇にしたかもしれないし、ラクダにしたかもしれない。でも、優しい神様が人間として生まれさせてくれたんだから、やっぱり生きてるってことはありがたいし、命は最後まで大切に輝かせないといけないんですよね。私はそう思ってお友達にも言っていますよ。

お話を伺っていると元気になりますね。
奥村さん:でも、私もいろんなことはありましたよ。あるときなんか、夫がお人好しで名前を使われてしまって、3,500万円もの借金を背負ってしまったことがあったんです。

3,500万円もの借金なんて、大変な額ですね。
奥村さん:そのときはどうしようかと思いましたし、主人もだいぶしょんぼりしていたんですが、私は言ったんです。やるだけやってみればいいじゃないかって。それに、最後になったら誰かが助けてくれるだろう、だからやるだけやってみようと言って、どうしようかと考えたんです。そうしたら、私の友人に弁護士さんがいて、その方がいろいろと助けてくださって、結局払わなくていいっていうことになったんです。

それはすごいお話ですね。
奥村さん:お金についても、その日その日に食べることができて、自分が運動できる分だけあればいいと思っているんです。私はいろんな方の愛情や細やかな思いやりのおかげで生かしていただいているので、本を出させていただいて、ささやかですが印税もいただきましたけれども、その印税は困っている方のために全部寄付させていただきました。お金だけが人生じゃないんですよ。

全額を寄付されたんですか。
奥村さん:はい。でもね、寄付も一回だけじゃだめだなって思って、毎月少しずつ貯金するようにしたんです。スーパーに買い物にいって、帰ってきたらいくらかのお金を残して、残りを缶に入れて貯めるようにしました。そして1ヶ月が終わったら郵便局に持っていってそのお金を全部寄付して、1年たったら合計50万円ちょっとになりましたよ。私が寄付をしたのは、犯罪被害に遭われた方の支援センターなんですけれども、神様が人間に生まれさせてくれたんだから、それくらいのことはしないといけないなと思ってやってるんです。

感謝が土台で、あとは小さなことをコツコツなんですね。
奥村さん:そうですね。あとはやっぱり日々いろんなことに興味を持って、面白いことや好きなことを自分で見つけるようにしているんです。例えば駅まで2kmの道を歩くときも、道端の草を眺めて「この草の名前わからないけど、きれいな花を咲かせているな」「どうして花を咲かせるんだろう、そうか、子孫繁栄のために花を咲かせるんだ」とか、「あの鳥はなんて名前なんだろう、どこに巣があるのかな、巣に帰ったら子供もいるのかな」とか、想像するのが楽しいんですよね。楽しさは自分で作る、そうやって毎日生きています。

最後に、60歳以上のプラチナエイジの方々にメッセージをいただけますか?
奥村さん:私は横浜の大空襲を経験していますから、命の大切さは毎日感じています。だから、いくつになっても「私は歳だから」って言っちゃいけないと思うんです。神様仏様にいただいた命は、最後まで輝かせなきゃいけない。分からないことがあれば人に聞けばいいじゃないですか。困ったときには頼ればいいじゃないですか。そうやって一日一日を大切に過ごしたら楽しいですよ。昨日と今日は同じじゃないし、今日と明日も違うんです。毎日が違う日なんだから、そう考えたら楽しいじゃないですか。年齢なんて考えないで、人生は楽しまなきゃだめですよ。

<奥村正子さんの著書はこちら>
「すごい90歳」(ダイヤモンド出版)
「89歳、人生なんだってできるのよ! -マスターズベンチプレス世界チャンピオンが語る 人生100年時代を楽しく生きる秘訣」(桜の花出版)

【編集後記】
「あたし変わってますでしょ」と何度も笑ってインタビューに答えてくださった奥村さん。お話を伺っていると、自然にこちらまで笑顔になって、元気が湧いてきます。年齢を感じさせない奥村さんのお話しぶりは、近所にいる元気なお隣さんという感じさえしてきます。
しかし、90年の歳月にはそれ相応の出来事があり、インタビューでは話題に上らなかった辛い経験もおありです。それでも常に前を向いて、明るく、楽しく、元気よく生きている奥村さんは、やはりプラチナのような輝きを放っておられました。
6回目の世界大会優勝と100歳までの現役続行を目標に掲げ、今日もトレーニングを続ける奥村さんを、プラチナエイジ振興協会では引き続き応援してまいります。
(インタビュー・文・写真/安 憲二郎

本記事に関する連絡先:プラチナエイジ振興協会事務局
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